漁師の教え
かつて横浜市役所の職員だった頃、金沢区役所から配置された部署は、横浜金沢地先の埋立事業であった。
当時、金沢地先の埋立事業においては、地元漁業組合との難交渉の結果、補償金の支払いとともに、埋立地においては漁業者の転業対策の場を配慮することが双方で確認されていた。
横浜海の公園砂浜の管理や清掃などの仕事には、随所に転業対策が施され、私はその担当者として赴任したのだった。
しかし・・・。
「もっと島のキワのほうに行くべぇよ!なぁ?兄ぃ~よぉ、ならいの風が吹いてきたんべぇ、シケんべよぉ。」
「にぁあがよ~、こちだべえ、いけんべぇよぉ~・・・」
漁師さん達は何て言ってるんだ?日本の地方に行ったのであれば、意味が理解できない方言に遭遇することもあろうが、地元横浜金沢の海で、日本人が話す言葉が理解できないとは正直びっくりした。
まるで言葉がまったく通じない外国の地で、一人途方に暮れる錯覚に陥ったような出来事だったが、毎日のように会話することにより、徐々に理解できて話せる?ようになった。
ちなみに「きわ」とは陸地の近くのことを言い、「ならい」とは主に冬に多く吹く強い北~北東風、「こち」とは主に東風のことを指す。真冬のならいの風は、東京湾をシケにさせる。
海の公園で働く元漁師さん達の会話は声がとても大きいが、いつも底抜けに明るく笑い声に包まれていた。雨の日に管理事務所に行くと、外仕事ができないため、皆で何かの道具の修理や手入れなどをしながら、昔話(戦前~戦後の話)に花を咲かせて大いに盛り上がっていた。
お天道様は必ずオレ達を見てるんよ!
あるときは、こんな話で盛り上がっていた。
秋のお祭りの夜は、成人した漁師の男たち全員で花柳街に繰り出したという。
若い男ならば分かるが、中には現役の漁師の仕事もあちらも?とうに引退しているヨボヨボのおじいちゃんまでもが、とにかく海の"男"として全員で行くのだそうだ(今だったら奥様方が絶対に許さないでしょう!)。若い衆の中には、その夜から何日間も家に帰ってこない者が必ずいるという。そういう時には、親戚の男衆が金をかき集めて、誰かが若い衆を引き取りに花街へ行くのだそうだ。
むかし金沢の海は、夏島、野島、平方湾を擁して「金沢八景」といわれるほど、それはそれは風光明媚な景勝地であったという。伊藤博文や著名人の別荘が数多くあり、江戸前の魚は別荘などに高価で仕出しされて、金沢の漁師さんはみな羽振りが良かったのだそうだ。
今回は、そんな金沢の元漁師さんから教わったことを伝えたいと思う。
漁師の船で、左舷は日ごろ魚を取り込むときに使うが(映画「老人と海」でも同じだったので世界共通かも?)右舷はどういう時に使うかを知っている人は少ないはずだ。それは、仏さまを引き揚げる時に使うのだそうだ。
当時でもそう多くはなかったはずだが、永年漁をしていると、亡くなって何日、時には何週間も経過した仏さまを海で発見することが必ずあったという。すでに仏さまは腐乱し始めているのでその回収作業を想像して、漁師さんの中には見て見ぬふりをしてしまう者がいるという。
しかしそうしてしまった漁師さんは、その年は必ず不漁続きになると言う。逆に仏さまを大切に引き上げた漁師さんは、その年は必ず大漁に恵まれるという。そこにいた元漁師さんたち全員が、「不思議にそうなんよう~、お天道様(てんとうさま)は必ず見ているんよ!」と全員が真顔で頷きあっていた。
仏さまはオメェ達の親と一緒だ!
ある夏の日、監視所に朝早く出勤したら、「人が溺れている」との緊急通報。他のライフセーバーは沖でスイムトレーニングをしていたので、自分が真っ先にレスキューチューブを持って、何かが浮いている方向に向かって全力で泳いだ。
その近くに到着すると"マネキン"が流れて着いていた。「なぁんだ~、人騒がせな!」と近寄った瞬間、身体全身が硬直した。
それはマネキンではなく、ガスで膨らんでシワがなくなった、なんと仏さまであったのだ。
元漁師さん達は、素早く要らなくなった漁網を上手く縫い合わせて、簡単な担架を作ってくれた。
ライフセーバーが全員で仏さまをすくって岸に運んだのだが、水面から上がった瞬間に物凄い異臭に包まれた。誰もが顔を背けて、担架から離れようと手の力を抜こうとしたまさにその時、「こらぁ~!おめぇたち、仏さまを自分の親だと思え~!」いつもは馬鹿話ばかりしている元漁師さんの一人が、鬼の形相で私を含むライフセーバーを一喝した!
その後、気持ちを何とか立て直した我々は無事に任務・作業を終え、仏さまを警察にお渡しした。
後に先ほど叱られた元漁師さんに全員が呼ばれた。その手には日本酒の一升瓶と湯飲み茶碗があった。簡単なねぎらいの言葉の後に、同じ湯のみ茶碗を回して酒が全員に振舞われた。
ライフセーバー全員が、人の変わり果てた姿にすっかり動揺して落ち込んでいた。軽いPTSDであったろう。
しかし、酒は「気付け薬」とは良く言ったもの。空きっ腹に日本酒が流し込まれると動揺していた気持ちがすっ~と自然に落ち着くつくではないか。お酒には、こんな素晴らしい生かし方があるんだなぁと、つくづく感心したのを今でも覚えている。
必ず神様は見ていると彼らから教わった
世の中で、楽をしようと思えば、見て見ぬふりすることはいとも簡単である。しかし勇気を持って、人のために、世のために実行する人には、必ず神様がついているんだと、横浜金沢の元漁師さん達は我々ライフセーバーに教えてくれた。
今は全員が天国に召されてしまったが、貴重な海の公園時代の経験は、私や座間理事をはじめとする数多くのライフセーバーを「人」として育てていただき、今でもとても感謝している。
今年もまもなく、夏の海を舞台としたノンフィクションドラマが各浜でクランクインとなろう。
主役もいれば脇役もいよう。善良な市民もいれば悪役?さえいるかもしれない。
でも事故防止を真摯に願い、その一途な姿勢がブレることさえなければ、海水浴客、砂浜利用者海の家関係者、地域住民、そして天国の神様となった各地の元漁師さんたちが、きっと暖かく見守ってくれるはずだ。
2006夏、自分が納得できたシーズンをぜひ体験してほしい。




















