ワールドレポート01

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ライフセービング世界選手権大会開催

JLA国際交流担当として、小峯理事長と共に、ILS(国際ライフセービング連盟)定例総会に出席の機会を頂き、またライフセービング世界選手権大会では、現地にて全日本代表チームのサポートをさせて頂きました。

今回は、準備の段階から大会本部のレスポンスが頼り無かったことと、私自身初めてのヨーロッパということで、多くの不安材料を抱えながらの渡航でした。

4年ごとに開催されるILS定例総会には、アラン・ウェルプトン会長、ハロルド・バーベック事務総長をはじめ、アジア太平洋地区、ヨーロッパ地区、アフリカ地区、アメリカ地区の約40カ国からの役員達が出席し、事前に各国協会に提示された議題に沿って2日間にわたり順調に会議が進められました。
会議の合間のコーヒーブレイクでは、久しぶりに顔をあわせる各国の役員同士の和やかな交流が見られました。

world2.jpgのサムネール画像特に最近ではIILSにより、アジアや西インド諸島そしてアフリカ等の、まだまだライフセービング活動が組織的に展開されていない国々への支援活動が積極的に行われており、そういった国々からの代表者達を、それぞれに紹介し合うという場面が多く目に留まりました。
また、6月に神奈川県で開催されたDHLアジアパシフィックライフセービング チャレンジジャパン2004に参加した国々の代表者達からは、口々にホスト国への感謝のお言葉を頂きました。

今回の総会では、理事会よりILS委員会の改編が提案され、同時により多くの国々からの委員会参加が呼びかけられました。
次の総会までの4年間におけるILSの課題、その推進計画が具体的に紹介される中で、アジア太平洋地区のオーストラリア、ニュージーランドに継ぐリーダー国として認識されつつある「日本」の今後のILSへの責任を痛感させられた思いがしております。

日本代表大活躍!銀、銅メダル獲得!

大会については、監督、コーチ2名、専属トレーナーという他のチームと比べても大変恵まれた選手団構成により、今までになく選手達は競技に専念できたのではないかと思います。選手の半数近くが過去の世界大会経験者でもあり、国際試合に初めて挑戦という選手達も心強かったことと思います。

しかしながら、プール会場への移動のバスのことや、開会式がどこで何時からというような一般的なインフォメーションですら、表示のタイミングが悪く、何度もこちらから聞きに行かないと確認できないという運営状況、英語の通じるスタッフも限られていることなど、イタリアンペースに慣れるのには、私自身も少々時間がかかりました。

プール競技、ビーチ/オーシャン競技とも、タイムスケジュールには悩まされました。会場内のあらゆる案内放送は、もちろん英語、そしてイタリア語。それに加えてことごとく変わっていくタイムスケジュール、ヒートの進め方の日本とのちょっとした違い等、監督・コーチ・選手のストレスは計り知れないものであったと思いますが、多くの種目において選手達は、期待通り、または期待以上の成績をおさめることができました。

神奈川県からは、湯河原LSCの豊田尚久・林昌広・笠井妙美・加藤由美の4選手、辻堂LSCの石井英一選手、湘南ひらつかLSCの藤原梢選手、計6名がナショナルチームメンバーとして出場。藤原選手のビーチフラッグス銀メダル、豊田・石井・本田・池谷選手によるビーチリレー銅メダル獲得、イタリアの空に、二度にわたって日の丸が掲揚されるという感激を味わうことが出来ました。

また、オーシャン競技においても各選手大健闘で、決勝進出を僅差で逃すという場面が多く、次回に大きな期待を残すものでありました。

長年日本のライフセービングの発展をあたたかく応援して下さっているオーストラリア協会の役員の方々からも、「日本チーム、すごいね!」という言葉をかけて頂きました。
サーフレースでの決勝進出を狙っていた石井選手は、準決勝でのレース中に、ビーチリレーで酷使したふくらはぎの肉離れを起こし、決勝進出を手にしながらその後のレースを棄権するというたいへん残念な場面もありました。

アジアのリーダーとして益々期待高まる日本

今回は多くの競技でA決勝、B決勝が行なわれました。このB決勝(9位~16位)には、かなりの種目で残ることが出来たので、選手達は出番が多く疲労も重なったことと思いますが、最後まで全力でレースに臨んでいました(競技結果は、Rescue2004ウェブサイト上でご覧になれます)。
また、日本のライフセービングとはゆかりの深いオーストラリア・ノースコナラLSCのスチュワート・カメロン氏が、日本チームのためにクラブから持参したテントを貸してくれて、選手達の健闘を共に称え、喜び、帰国の朝はホテルまで見送りに来てくれました。

ホテル出発前のミーティングで、小峯理事長より改めて「僕が初めてオーストラリアにライフセービングの研修に行った時の指導者です。」とスチュワートが紹介され、大会期間中の彼の心温まるサポートに対し、深い謝意と敬意を表するという場面があったことをご報告しておきます。

全体を通して強く感じたことは、競技力も含め、日本のライフセービング活動がたいへん世界各国から注目を浴びているということです。
残念ながら今までのところ、日本からの情報発信は決して充分ではありませんでした。

今回は、簡単な現状のインフォメーションと、昨年度のレスキュー活動のレポートなどを英文にして持って行きましたので、お渡しした各国の方々に喜んでいただくことが出来ました。アジアをリードする国として期待される日本。今後益々、こうした作業や、開発途上国へのトレーニング支援等も期待されることと思います。

DHLアジア太平洋地区選手権大会開催

アジア太平洋地域11カ国から約130名の選手・役員を迎えて、神奈川で開催されることが決まったのが3月。開催まで3ヶ月という短い期間の中、JLA競技委員会副委員長/遠藤大哉氏(西浜SLSC)がイベント・ディレクター、JLA国際交流担当/相澤千春(連盟理事)がテクニカル・アドバイザーという立場で、オーストラリア協会、ニュージーランド協会の面々と共に実行委員会に加わり、ホスト国としての準備にあたりました。

このイベントは、アジア太平洋地区でのライフセービング活動の啓蒙と、ライフセービング先進国による発展途上国への支援を主眼とした国際交流プログラムで、6月14日~21日、湘南を舞台に盛りだくさんの企画が繰り広げられました。

各国代表団一行は大磯プリンスホテルに宿泊、4日間にわたるプールや海でのトレーニングの後、プールイベントは平塚総合運動公園屋内プール、オーシャンイベントは片瀬西浜海岸で開催されました。

プールイベントでは、鈴木佐弥子(九十九里LSC)選手が100m障害で優勝、ビーチイベントでは北矢宗志(西浜SLSC)選手・藤原梢(湘南ひらつかLSC)選手がビーチフラッグスでアベック優勝、総合ではオーストラリア、ニュージーランドに継いで第3位という成績をおさめました。
片瀬西浜でのビーチ/オーシャンイベントは、台風6号の影響で、1日中強風と荒波にみまわれ、海での競技は初めてという国々には気の毒なコンディションでしたが、果敢にレースに挑む姿はたいへん印象的でした。
期間中は大型バスによる江の島、鎌倉観光、秋葉原、浅草、箱根などへのボランティアガイド付きミニトリップも好評でした。
また、夕食後のひと時、各国チームによるカルチャー・エクスチェンジでは、民族衣装に身を包んだダンスや国際色豊かなパフォーマンスが披露され、日本チームによる二人羽織も会場の笑いを誘っていました。
ホスト国代表として、遠藤ディレクターと共に実行委員のメンバーとして加わり、たいへん多くのことを学ばせていただきましたが、特にこのアジア太平洋地区の中で、我々日本が果たすべき役割について想いを強くいたしました。

開催にあたりましては、大勢の方々のご協力を頂きました。特に西浜SLSCの皆様には、準備の段階から、大会会場セッティング、終了後の暗闇の中での後片付け、翌日のオーストラリアへの荷物の送り出しのところまで担当していただきました。
心より感謝申し上げます。

水族館でのフェアウェルパーティーでの席上、オーストラリア協会ロン・ランキン会長からも、謹んで西浜SLSCへのお礼の言葉がありましたことを付け加えておきます。

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