2007年4月アーカイブ

学校教育に協力を

今年の夏は、海水浴場以外の水の事故が多く発生しました。とりわけ引地川やかなめ川河口の小中学生の事故は、カレントの危険性を知っていれば防げたはずの事故なのでとても残念であり、私のみならず数多くのライフセーバーが胸を痛めたはずです。

あるとき不安になって小学生の三女にスイムテストをしたら、なんと10mも泳げませんでした。
上の子どもたちが泳げたので少し安心しましたが、急遽近くのプールで特訓することになり、3回目でようやく人の身体は水に浮くことが感じられたようで、何とか20mは泳げるようになりました。
せめて100mは泳げるように、また3分間は立泳ぎができるようになって欲しいものです。

学校によって差があるとは思いますが、三女が通っている公立の小学校の水泳授業では、いつも水遊びをするだけで、泳力別で水泳を教わることなどはないそうです。これでは泳げないのも理解ができます。

幸せの星が意味すること。

ハワイと神奈川は、緯度の違いこそ多少はあるものの、海を介して隣り合わせといったら言い過ぎだろうか。

1880年(明治時代初頭)、ハワイ王朝カラカウア王は来日して明治天皇と会談して、文化交流の持つ価値と海をまたいだ関係の大切さをともに確認し、日本からの移民労働者に門戸を開いた。
その後、横浜港からハワイに数多くの日本人(のちの日系1世)が期待に夢膨らませて海を渡ったが、現実のハワイの土地は痩せて荒れ果てたままで、その開墾作業は困難を極めたという・・・。

アオウミガメとテトラポット

十月上旬にライフセービング界のチョイワルオヤジ三人衆?のグッチ、トヨッチ、ミックの三人(誰かは、すぐ分りますね!)が、青森県八戸周辺へサーフトリップしてきました。

本州の最北端なのでかなり寒いのではないかと思っていましたが、湘南よりも気温でわずか2~3度、水温でも3~4度くらいの違いだったので、かなり快適な旅でした。

2日目、我々は強い北風をかわすポイントを探し続けて岩手県久慈市まで移動しました。遊べそうな河口のポイントはあっても、数百匹のサケが遡上していてサーフィンすることはできず、仕方なく誰も入っていない近くのリーフポイントで入ることにしました。
しかし、そこはテトラポットがインサイドに入り、ブレイクポイントにも強い流れが入って、またピークの手前にはケボゲボと我々がワイプアウトするのを待ち構えているかのようなシャローリーフが牙をむいていました(詳しくは「波伝説」内の無料コンテンツ ウラナミ☆を参照)。

漁師の教え

かつて横浜市役所の職員だった頃、金沢区役所から配置された部署は、横浜金沢地先の埋立事業であった。

当時、金沢地先の埋立事業においては、地元漁業組合との難交渉の結果、補償金の支払いとともに、埋立地においては漁業者の転業対策の場を配慮することが双方で確認されていた。
横浜海の公園砂浜の管理や清掃などの仕事には、随所に転業対策が施され、私はその担当者として赴任したのだった。

しかし・・・。

22世紀型のスポーツ!The Lifesaving

先の『第31回全日本ライフセービング選手権大会』の開会式で、JLA小峯理事長の挨拶の中で『今世紀中に各スポーツの記録は限界に達して、そのスポーツの魅力を失いかねないが、勝ち負けよりも「命を救う、命の尊厳を守るスポーツ」であるライフセービングは、世の中からさらに注目を集めることになろう。』とのコメントはとても魅力的であった。

その小峯理事長と青春時代を片瀬西浜の海と監視所でともに過ごして、現在はオーストラリアのシドニー日本人学校に赴任中の山口毅氏からは、次のようなメッセージがその翌日に届いた。

ライフセービング発祥の地をサーフする。

4月上旬、オーストラリア・シドニー市のNorthem Beachesに住んでいるMr.Gucci(前 県連盟副理事長の山口毅氏)のご自宅にMr.トヨッチ(現県連盟理事)の豊田勝義氏とともにご厄介になりながら、地元Mona Valeなどのサーフポイントを思いきりサーフしてきました。

現地のサーファーが、一日にサーフしても大体1時間くらいなのに対して、我々は最低でも2時間以上、多い日は3ラウンド6時間以上もサーフしまくってきました(笑)。
そんなサーフジャンキーな我々3人ではありますが、その合間にシドニーのライフセービング(LS)事情を視察してきたので簡単にご紹介します。

競技会で思うこと

今年で第30回を迎えた先の全日本ライフセービング選手権大会は、北海道から沖縄まで日本全国から1000名ものライフセービングスピリッツが欠落していた選手が見受けられた。
先の学生選手権の時に、敢えて小峯JLA理事長が開会式の挨拶の中でその点に触れたが、30年以上の歴史を経て、注目されている今だからこそ、ライフセービング(人命救助活動)とは何かを日本のライフセービング関係者はもう一度考え直すべきである。

先のイタリア世界選手権大会で、日本がオーシャン競技で過去最高の8位となった。またビーチフラッグスで2位、ビーチリレーでは3位入賞もしている。
とても喜ばしいことと考えたいが、競技が注目を浴び過ぎて、本来のライフセービング(人命救助活動)が軽んじられてはいないだろうか?

ノーベル科学賞受賞者田中耕一氏はライフセーバー?

ノーベル科学賞受賞者の田中耕一さんは"ライフセーバー"である。
あの『恵比寿様(えびすさま)』のような顔でいながらとてもシャイで、作業服が好きで、背広は受賞前一着しか持っていなかった庶民の仲間だからヨイショするのではない。彼はライフセービングのベーシックの講習も、救急法の講習も、もちろん夏のライフガード活動なども一切されたこともないであろう。

しかし、彼が発明した『たんぱく質分析装置』は、今後数多くの難病を治療する特効薬の開発に多大な貢献をすると言われている。ノーベル賞受賞は当然のようだ。

自然を相手にしたライフセービング活動をしてます 

今年も一年が終わろうとしていますが、私にとってライフセービングを通じてさまざまな体験をすることになり、忘れられない年となりました。ライフセービングを始めて6年目ですが、「これがライフセービングなんだ!」と実感しています。

国際大会では日本代表として、全豪派遣や三洋物産インターナショナルカップに出場しました。世界レベルの選手たちと同じスタートラインに立った時は素直に嬉しかったです。私がこのような場に立てたのも伝統ある二宮LCで活動し続けたことと、偉大な諸先輩方のお陰だと思います。

ライフセービング競技への姿勢    入谷 拓哉

先日行なわれた全豪選手権では、日本代表として参加した西浜の植木選手が、見事銅メダルと獲得しました。また茅ヶ崎の鈴木選手がサーフレースで決勝に進出するなど、みんなすばらしい活躍を見せてくれています。

これは、10年後の世界大会での総合入賞を目指して、日本協会が実施する代表強化プログラムの一環としておこなわれた海外合宿の成果であります。
今後も国内での合宿をはじめ、海外で行なわれるあらゆる国際大会、競技会に代表チームとして参加していく予定です。

強靱な肉体を持つ人たち  内田 直人

去る10月15日(日)オーストラリア ゴールドコーストを舞台に「2006クーランガッタゴールド(COOLANGATTTA GOLD)」が行われました。このレースはオージーの間でも鉄人レースと言われ、全長46km(サーファーズからクーランガッタ23kmを往復)をサーフスキー(23km)・スイム(3.5km)・ラン(4km)・ボード(5.5km)・ラン(10km)をこなし競い合うレースです。
クーランガッタゴールドはレベルの高いオージーですら、リタイアしたり5、6時間かかりゴールする選手が続出していました。1992年以降「開催するには過酷すぎる」という理由で実施されていませんでした。そして昨年13年ぶりにその伝説的なレースが女子・マスターズ・チームの部門を新たに加え復活しました。

ハワイアンライフガードによるJrセミナー開催

去る6月16日(土)・17日(日)の2日間に渡り、神奈川県支部設立10周年記念イベントとして、Hawaiian Junior Lifesaving Seminar 2007「Lifesa-ving for life starts now」が開催された。姉妹提携を結ぶHawaiian Lifeguard Associationから、ジュニアプログラムのオーソリティーであるデニス・サラス氏とそのご子息、キラキラ・ユン氏が来日。「ジュニアライフセービングのリーダーを志す人達のためのセミナー」と、「ジュニアのための海と命のセミナー」の指導にあたって頂いた。
デニス・サラス氏は、ハワイ王朝の血を引く生粋のハワイアン。知る人ぞ知る、代表的ハワイアンライフガードである。

セミナーは1日目にリーダーの為のセミナーで学んだことを、2日目のキッズを対象としたセミナーで、実際にサラス氏のアシスタントとして実践するという内容だ。熱心に取り組む受講生の中には、JLA小峯理事長の顔もあったことをご報告しておこう。

今、海辺から環境教育を!

海に興味のある人、海が好きな人、環境教育に興味のある人・・・3月2日~4日までの日程で開催された「海辺の環境教育フォーラム2007」に、全国から80名を超える人が三浦ふれあい村に集まりました。

「なぜ『海辺』の環境教育なのか?」「環境保全にどのように貢献できるのか?」の2つの軸に日頃から取り込んでいる成果の発表や、事例紹介をし、各人が抱えている課題や疑問のヒントを探るのが目的なのです。
NPO関係者、学校教育関係者、ダイビング事業者、行政、一般市民、研究者学生等々、様々な立場の人たちが集まりましたが、今年は開催地が「湘南」、そして実行委員長を私が勤めさせて頂いた関係で、ライフセーバーやサーファーの参加が多くありました。

海や環境教育に興味がある人なら誰でも参加できるとあって、同じ釜の飯を食いながらのディスカッションは、世代や職業を超え、どこか合宿やキャンプのような雰囲気を持っています。今年で7回目を迎える同フォーラムは、全国各地、色々な場で活動している人が年に一度顔を合わせて情報交換する、ゆるやかなネットワークとしてすっかり定着しました。

第4回ジュニア・ライフセービング競技会

『曰く付きの大会』と言った方がいいのでしょうか?第1.2回目は台風により中止となり、第3回といっても初めての開催となった「ジュニアライフセービング競技大会」であります。

数日前までは台風の直撃が心配されるなど、とってもヒヤヒヤさせる大会なのです。第1会目はわざわざ沖縄からのエントリーもあったのに、上京後に中止決定・・・。
今回も「もしや?」と思わせる様な天気予報でしたが、当日8月19日は予想が大きく外れて、片瀬東浜は快晴の行楽日和。ホッと胸を撫で下ろしたのでした。

「ウォーターワイズ」を知っていますか?

6年前よりジュニアライフセービングのプログラムの作成に関わりはじめましたが、最初に感じたことは「ライフセービングに固執したプログラムにどれほどの意味があるのか?」ということでした。

子ども達を海に集め、安全教育やレスキュー体験をさせるだけで良いのか?そんなジレンマが私の行く手を遮っていました。そんな時に出会ったのがニュージーランドの「ウォーターワイズ(Water wise)」でした。

ライフセービングが分からなくても、今の教育に問題があるとお考えの方、是非私達と一緒にトライしてみませんか?

先進国は青少年の育成に力を入れている。

1990年、神奈川県平塚において日本初の国際大会「環太平洋選手権大会」が開催されました。その大会以降、日本のライフセービングは競技スポーツを通して、大きな発展を遂げました。

そして15年の月日を経た今年、日本ライフセービング協会はDHL社と5年間のパートナーシップを締結し、まさにアジアを代表する牽引役としての立場を明らかにするべく新たなチャンスが到来しました。
それはアジア地区のライフセービング発展の為に開催される「DHLアジア太平洋地区選手権大会」の開催です。
ライフセービングの先進国であるオーストラリアやニュージーランドという先進国の参加による相乗効果により、強烈に日本のスポーツ界にアピールできたことは言うまでもありません。

しかし、ちょっと気掛かりなこともあります。
ライフセービング先進国の殆どの国が競技スポーツを通して発展を遂げてきていますが、同時に青少年育成においても力を注ぎ、国をも巻き込む真のライフセービング先進国に成長している点です。同じ道を歩いてきた日本は果たしてその道を一歩一歩進み続けてきているのか・・・。

Jr.ライフセービング プログラムの実施

7月29日、大磯海水浴場(大磯町)にて秦野市(神奈川県)・諏訪市(長野県)の中学生を対象とした「交流キャンプ(両市教育委員会主催)」が実施されました。

その一環としての「海水浴プログラム」では、水辺の環境、海の安全知識、CPRなどについての講義の他、ビーチクリーン、砂浜でのゲームを行いました。
さらに、大磯ライフセービングクラブによるレスキューデモンストレーションの実演後は、パトロール活動やライフセーバーについての説明を行いました。
自由海水浴では、講義内容に注意しながら楽しそうに遊んでいる姿をうかがえました。中にはボディーサーフィンに挑戦する生徒なども見られました。

今年の全豪選手権は、西オーストラリア州パースに会場を移し、3月20日~25日スカボロー・ビーチにて開催された。

JLAによる選手強化プログラムの一環として、フル代表チーム12名、U22チーム11名が出場。県内のクラブからは、遠藤大哉総監督(西浜SLSC)、フル代表チームに鈴木一也(茅ヶ崎SLC)、長竹康介・植木将人・遊佐雅美(西浜SLSC)、堀部雄大(二宮LC)、林昌広・鈴木祐輔(湯河原LC)、山口公子(東海大クレストLC)、U22チームには、渡会明子(神奈川大LC)、三木玲奈(東海大クレストLC)、通訳スタッフとして西嶋智美(茅ヶ崎SLSC)、選手団本部スタッフ/コーディネーターとして相澤千春(西浜SLSC)が派遣された。

RESCUE2006 北矢選手、ビーチフラッグス銀!男泣きのわけ

ビーチ・オーシャン競技2日目には、メダルへの期待に押しつぶされそうなプレッシャーに耐え続け今日に備えてきた北矢・藤原両選手が出場するビーチフラッグスが待ち構えていた。

両選手とも順調に決勝まで駒を進めた。
藤原選手は遊佐選手の出場辞退を受け、遅れてのナショナルチーム入りで心身ともにコンディショニングにも苦労があったかと思われる中で6位獲得。
ポイント追加に貢献してくれた。

今年もやってきた年に一度の世界祭典

来年2月10日~26日、オーストラリア・ビクトリア州メルボルンの避暑地、ジーロンとローンを会場に開催される、RESCUE 2006。

2年に1度のライフセービングの祭典です。ILS加盟各国ナショナルチーム、インタークラブチームによる世界選手権大会をはじめ、世界中のライフセービング活動が直面する様々な問題に関してのカンファレンス、ライフセービングスポーツのためのカンファレンスも同時に開催されます。

2005 International Surf Challenge

オーストラリア ゴールドコースト カラワビーチ3月22日~23日

日本・アメリカ・イギリス ・ニュージーランドのナショナルチームが招聘され、ホスト国オーストラリアを加え5カ国対抗という形で、2日間に渡り大変ハードなレースが展開されました。

サーフ競技をメインとして戦えるチームとして招聘枠に加えていただけたことは、日本のライフセービング競技力向上の推移を考える時、たいへん意味のある動きであったと思います。

12名の選手(男子6名・女子6名)により、1日22種目の競技を2日間繰り返し、総合得点を競うという大変ハードなレース構成です。
遠藤大哉監督率いる我がナショナルチームは、向こう10年間の競技力向上を視野に置き、若手のチーム編成でこの大会に臨みました。県内クラブからも4名の選手が選抜されました。

ライフセービング世界選手権大会開催

JLA国際交流担当として、小峯理事長と共に、ILS(国際ライフセービング連盟)定例総会に出席の機会を頂き、またライフセービング世界選手権大会では、現地にて全日本代表チームのサポートをさせて頂きました。

今回は、準備の段階から大会本部のレスポンスが頼り無かったことと、私自身初めてのヨーロッパということで、多くの不安材料を抱えながらの渡航でした。

4年ごとに開催されるILS定例総会には、アラン・ウェルプトン会長、ハロルド・バーベック事務総長をはじめ、アジア太平洋地区、ヨーロッパ地区、アフリカ地区、アメリカ地区の約40カ国からの役員達が出席し、事前に各国協会に提示された議題に沿って2日間にわたり順調に会議が進められました。
会議の合間のコーヒーブレイクでは、久しぶりに顔をあわせる各国の役員同士の和やかな交流が見られました。